Patriot Act : 米国愛国者法

The USA PATRIOT Act is an Act of Congress signed into law by US President George W. Bush on October 26, 2001. With its ten-letter abbreviation (USA PATRIOT) expanded, the Act’s full title is “Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001″. The abbreviation, as well as the full title, have been attributed to Chris Cylke, a former staffer on the House Judiciary Committee.

In response to the September 11 attacks and the 2001 anthrax attacks, Congress moved quickly to pass legislation to strengthen security controls. On October 23, 2001, Republican Rep. Jim Sensenbrenner introduced H.R. 3162 incorporating provisions from a previously-sponsored House bill and a Senate bill also introduced earlier in the month. The next day, the Act passed the House by a vote of 357-66, with Democrats comprising the overwhelming portion of dissent. The three Republicans voting “no” were Robert Ney of Ohio, Butch Otter of Idaho, and Ron Paul of Texas. On October 25, the Act passed the Senate by a 98-1 vote, the only dissident being Russ Feingold of Wisconsin.

Those opposing the law have criticized its authorization of indefinite detentions of immigrants; the permission given law enforcement officers to search a home or business without the owner’s or the occupant’s consent or knowledge; the expanded use of National Security Letters, which allows the Federal Bureau of Investigation (FBI) to search telephone, e-mail, and financial records without a court order; and the expanded access of law enforcement agencies to business records, including library and financial records. Since its passage, several legal challenges have been brought against the act, and federal courts have ruled that a number of provisions are unconstitutional.

Many of the act’s provisions were to sunset beginning December 31, 2005, approximately four years after its passage. In the months preceding the sunset date, anybody supporting the act pushed to make its sun-setting provisions permanent, while critics sought to revise various sections to enhance civil liberty protections. In July 2005, the U.S. Senate passed a reauthorization bill with substantial changes to several of the act’s sections, while the House reauthorization bill kept most of the act’s original language. The two bills were then reconciled in a conference committee criticized by Senators from both the Republican and Democratic parties for ignoring civil liberty concerns.

The bill, which removed most of the changes from the Senate version, passed Congress on March 2, 2006, and was signed by President Bush on March 9 and 10 of that year.

On May 26, 2011, President Barack Obama signed the PATRIOT Sunsets Extension Act of 2011, a four-year extension of three key provisions in the Act: roving wiretaps, searches of business records, and conducting surveillance of “lone wolves”—individuals suspected of terrorist-related activities not linked to terrorist groups.

Following a lack of Congressional approval, parts of the Patriot Act expired on June 1, 2015. With passing the USA Freedom Act on June 2, 2015, the expired parts were restored and renewed through 2019. However, Section 215 of the law was amended to stop the National Security Agency (NSA) from continuing its mass phone data collection program. Instead, phone companies will retain the data and the NSA can obtain information about targeted individuals with permission from a federal court.

米国愛国者法は、2001年10月26日、ジョージ・W・ブッシュ大統領によって署名され、発効したアメリカ合衆国の議会制定法である。法律の頭字語の10文字(USA PATRIOT)は2001年のテロリズムの阻止と回避のために必要かつ適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律(英: Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001 公立法107-56)を意味する。通称愛国者法としても知られる。

愛国者法は、テロリストによる2001年9月11日の攻撃に対応するため、特に法執行機関のアメリカ国内における情報の収集に関する規制を緩和し、財務長官が持っている資産の移動、特に外国の個人または存在が関与している場合、に対する規制の権限を強化し、法執行機関と移民を管理する当局がテロ行為に関係があると疑われる人物の拘留または移民を国外に追放するための規制を緩和するものである。愛国者法はまた、国内におけるテロ行為を含めるようテロリズムの定義を拡大し、こうして愛国者法は法執行機関の権限が適用される行為の範囲を大幅に拡大した。

2011年5月26日、バラク・オバマ大統領2011年の愛国者法日没条項延長法(PATRIOT Sunsets Extension Act of 2011)に署名し、米国愛国者法の重要な3つの条項、ロービング・タップ、企業活動の記録の捜査(図書館帯出記録条項)、テロリスト集団ではなく、テロリストと関係がある疑いのある個人を意味する「ローンウルフ」に対する監視の指揮、は4年間延長された。

延長期限切れの2015年6月1日、失効。

概要

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件後45日間で成立し、米国内外のテロリズムと戦うことを目的として政府当局に対して権限を大幅に拡大させた法律である。この法律において電話やEメール、医療情報、金融情報や他の記録について当局に対し調査する権限を拡大し、アメリカ合衆国国内において外国人に対する情報収集の制限に対する権限を緩和し、財務省に対し金融資産の移転、とりわけ外国人や外国法人について規制する権限を強化し、テロに関係する行為をとったと疑われるものに対し司法当局や入国管理局に対し入国者を留置・追放する権限を高めることを規定している。さらに、「テロリズム」の定義を拡大し「国内テロ」をも含め、その結果本法は司法当局の拡大された権限を行使する場面が飛躍的に拡大している。

2009年3月2日にアメリカ合衆国司法省が公開した、ブッシュ政権の政府高官達が作成した対テロ政策秘密メモ類によれば、“テロ容疑者”に対する捜索は大統領の政策であり憲法修正条項(第1条・第4条)の制約を受けず随時行なわれてよいし、また“戦時に人権は制限され得るべき”と記されていたという。

経緯

制定

草案は、米国司法次官のベト・D・ディンと後の国土安全保障省長官、マイケル・チャートフを中心にまとめられ、翌日の2001年10月23日、共和党のジェームズ・F・センセンブレナー下院議員によって、この法案は下院3162号決議としてアメリカ合衆国下院に提出された。この法案は反対意見もほとんどなく議会を通過し、10月25日にはアメリカ合衆国上院も通過した。上院では民主党のロス・ファインゴールド上院議員が唯一反対票を投じ、民主党のメアリー・ランドリュー上院議員が唯一棄権した。翌10月26日、ブッシュ大統領が法案にサインを行った。

「金融における反テロ法(The Financial Anti-Terrorism Act)」は2001年10月17日に両院議会で承認されたが、本法制定後は本法に組み込まれた。同法ではテロリズムに対する資金的な支援をしている疑いのある者に対して、資産の凍結、調査及び告訴に関する権限を認めている。憲法に基づいて議会がそのような権限を持つことができるのかどうかは、多くの訴訟の対象となっている。

この法律は両院とも圧倒的多数の差で成立しているが、当初から市民の自由の保護を弱めるおそれがあるものだとして批判されていた。特に、反対する者は理由として以下を挙げている。

  • 入国者に対し無期限の留置が可能な権限を与えている
  • 司法当局によって行われる管理権者の承諾無く行われる家宅捜索「こっそり忍び寄り盗み見る」調査をできるようにしている
  • 連邦捜査局に対し令状抜きで電話、電子メール及び信書、金融取引の記録を利用することを拡大して認めている
  • 図書館の帯出記録や所得情報を含めて司法当局が調査できる

成立後、いくつかの訴訟がこの法律に対し提起されたが連邦裁判所は少なくとも1つの条項について違憲との判断を下した。

詳細

9月11日の攻撃と炭疽菌事件によってアメリカ人の間に不安が広がり、議会は安全保障を強化する法案の成立を急いだ。2001年10月23日、共和党のジム・センセンブレナー下院議員は、その月の初めに下院上院に提出されていた法案を組み合わせ、下院3162号法案H.R. 3162として提出した。翌日の2001年10月24日、愛国者法は賛成357票対反対66票で下院を通過し、民主党の議員が提出した法案に圧倒的な差をつけた。その翌日の2001年10月25日、愛国者法は賛成98票対反対1票で上院を通過した。

法案に反対する者たちは、その移民の拘留についてのあいまいな定義の権限、法執行機関の職員による所有者または占有者の同意または通知のない家宅捜索の許可、連邦捜査局(FBI)による令状のない通話、電子メール、資産管理記録の捜査を可能にする国家安全保障書簡(National Security Letter)の拡大利用と法執行機関による資料や資産の記録を含む企業活動の記録の捜査について批判した。議会を通過した後、愛国者法にはいくつかの法律上の課題に直面し、連邦裁判所は多くの条項が憲法に違反しているという判決を下した。

愛国者法の多くの条項は、その通過からおよそ4年が経過した2005年12月31日の日没の開始に期限を迎えた。日没の日に先立つ数か月のあいだ、愛国者法の支持者たちは日没条項を恒久的なものにするために働きかけ、愛国者法を批判する者たちは市民が持つ自由を保護するために愛国者法の様々な部分を改正しようと模索した。2005年7月、アメリカ議会上院は、愛国者法のいくつかの重要な部分を変更した法案を可決したが、下院はもともとの表現を維持した法案を支持した。2つの法案はそれから、調停のために開かれた両院協議会において、共和党と民主党双方の上院議員から市民が持つ自由を無視していると批判された。

2006年3月2日、上院に提出された法案から変更されたほとんどの部分を取り除いたものが可決され、2006年3月9日と10日に、ジョージ・W・ブッシュ大統領によって署名され、発効した。

背景

愛国者法は多くのアメリカの法律に変化を与えた。重要な法律には、1978年の外国諜報活動監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978、FISA)1986年の電子通信におけるプライバシー保護法(Electronic Communications Privacy Act of 1986、ECPA)1986年の資金洗浄規制法(Money Laundering Control Act of 1986、MLCA)1970年の銀行秘密法(Bank Secrecy Act of 1970、BSA)、と1952年の移民国籍法(Immigration and Nationality Act of 1952、INA)がある。愛国者法それ自体は9月11日のニューヨーク市とペンタゴンに対する攻撃に対応するためのものである。これらの攻撃のあと、司法省が2001年の反テロリズム法(Anti-Terrorism Act of 2001)と呼ばれる法案を提出する前に、議会はただちにテロリスト対策の法案を作成するために動きだした。この法案は2001年のテロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供するための法律(the Provide Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism (PATRIOT) Act of 2001)として下院に提出され、のちにアメリカを統合し強化するための法(the Uniting and Strengthening America (USA) Act、H.R. 2975)として10月12日に下院を通過した。そしてそれはラス・ファインゴールド上院議員が提案した多くの修正が加えられたあと、上院USA法the USA Act、S. 1510)として提出され、それらはすべて通過した。法案は最終的に、米国愛国者法(the USA PATRIOT Act)として10月23日に下院に提出され、 下院2975号法案H.R. 2975、上院1510号法案S. 1510と下院3004号決議(2001年の金融反テロリズム法、the Financial Anti-Terrorism Act of 2001、H.R. 3004)の多くの条文と併合された。それはラス・ファインゴールド上院議員ただひとりだけが激しく抵抗し、反対票を投じた。パトリック・リーヒ上院議員もまたいくつかの懸念を表明した。しかしながら、反対する者も支持する者も法案の大部分は必要なものであると考えていた。最終的な法案には、2005年の12月15日の日没に期限を迎える多くの条項が含まれていた。

論争のために数多くの法案は通過しなかったが、それらは米国愛国者法の改正を提示した。これらのなかには個人の権利を保護するための法律(Protecting the Rights of Individuals Act)ベンジャミン・フランクリン真実の愛国者法(Benjamin Franklin True Patriot Act)や安全保障と自由を確実にするための法律(Security and Freedom Ensured Act、SAFE)が含まれる。2003年1月下旬、センター・フォー・パブリック・インテグリティ(社会の健全性のためのセンター)の創設者であるチャールズ・ルイスは、政府が成立を目指していた2003年の国内の安全保障の充実を図るための法律(Domestic Security Enhancement Act of 2003)のコピーを暴露した。この大いに議論となった書類はすぐに、メディアや電子フロンティア財団のような組織によって「第2の愛国者法」または「愛国者法の息子」とに呼ばれた。法案の内容は司法省の10の部門にわたり、さらに米国愛国者法の改善と拡大を提示していた。司法省はそれがただの法案に過ぎず、さらなる計画は含まれていないと主張したが、それは幅広く非難された。

TBC